相続後に空室が増えた貸家建付地|持ち続けるか売るかの判断
- 空室が増えると賃貸割合が下がり、貸家建付地の評価減も小さくなります。相続税と収支の両方で不利になるのが、この局面の難しさです。
- ただし一時的な空室にすぎないと認められれば、賃貸されていたものとして扱って差し支えないとされています。4つの事実関係が判断の目安です。
- 募集の記録が残っているかどうかが分かれ目になります。空室のあいだ他の用途に使っていないことも要件のひとつです。
- 持ち続けるか売るかは、保有した場合の年間手残りと、売った場合の税引後の手取りを同じ紙に並べて比べます。
- 所有期間が5年を超えるかどうかで譲渡所得の課税は変わります。売る時期は税の区分も含めて決めてください。
貸家建付地とは、貸家の敷地の用に供されている宅地のことで、アパートやビルを他に貸し付けている場合のその敷地をいいます。相続で引き継いだあと空室が増えてくると、家賃収入が減るだけでなく、相続税の評価の面でも不利になっていきます。持ち続けるべきか、売るべきか。ご相談のなかでも最も多い問いのひとつです。本記事では、判断に必要な数字と、空室の扱いを整理します。私は井口忠二と申します。なお本記事は一般的な説明であり、個別の判断は税理士にご確認ください。
空室は、収支と評価の両方に効いてくる
空室が増えたときに起きることは、二つあります。
ひとつは収支です。家賃収入が減る一方で、固定資産税、管理費、共用部の水道光熱費、修繕費は空室でも発生します。手残りが薄くなり、大きな修繕が来たときに現金で対応できなくなります。
もうひとつが相続税評価です。貸家建付地の価額は、次の算式で求めます。
貸家建付地の価額 = 自用地としての価額 - 自用地としての価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合
賃貸割合は、賃貸されている各独立部分の床面積が、各独立部分の床面積の合計に占める割合です。空室が増えれば賃貸割合が下がり、差し引ける金額も小さくなります。収入が減っているのに、評価は上がる。これが空室の増えた物件で起きていることです。
一時的な空室と認められる4つの事実関係
空室がすべて賃貸割合を下げるわけではありません。継続的に賃貸されてきたアパート等の各独立部分の一部が、次のような事実関係から課税時期において一時的に空室となっていたにすぎないと認められるものについては、課税時期においても賃貸されていたものとして取り扱って差し支えないとされています。
| 事実関係 | 実務上、何を残すか | |
|---|---|---|
| イ | 各独立部分が課税時期前に継続的に賃貸されてきたものであること | 過去の賃貸借契約書、入退去の履歴 |
| ロ | 賃借人の退去後速やかに新たな賃借人の募集が行われ、空室の期間中、他の用途に供されていないこと | 募集依頼の記録、掲載履歴、自己使用や倉庫化をしていないこと |
| ハ | 空室の期間が、課税時期の前後の例えば1か月程度であるなど、一時的な期間であること | 退去日と次の入居日がわかる記録 |
| ニ | 課税時期後の賃貸が一時的なものではないこと | その後の賃貸借契約書 |
ここで実務的に効くのは、ロの「速やかに新たな賃借人の募集が行われ」という部分です。募集していた事実を、あとから示せるかどうか。管理会社任せにしていると、募集の記録が手元に残っていないことがあります。空室が出た時点で、募集を依頼した日付のわかるものを保管しておいてください。
また、空室の期間中に物置として使ったり、自分の車庫にしたりすると、ロの「他の用途に供されていない」に当たらなくなる可能性があります。空けておくことにも意味がある、という点は見落とされがちです。
賃貸割合の計算そのものについては、貸家建付地の賃貸割合とは|評価額の計算式と空室の扱いで詳しく整理しています。評価の全体像は貸家建付地とは|評価額の計算式・賃貸割合・貸宅地との違いをご覧ください。
「1か月程度」は例示であって、基準ではありません
ハの記載は「例えば1か月程度であるなど」という書き方です。1か月を過ぎたら必ず認められない、逆に1か月以内なら必ず認められる、という性質のものではありません。イからニまでの事実関係を全体として見て判断されます。期間だけで自己判断せず、記録を揃えたうえで税理士へご相談ください。
保有を続けた場合と売った場合を、同じ物差しで並べます
年間の手残り、想定される修繕、相続時の評価額、そして売却した場合の税引後の手取り。この四つを一枚にして比べないと、どちらが良いかは決められません。数字にするところまでを無料でお手伝いします。無理におすすめすることはありません。
持ち続ける判断が合理的な場合
空室が出ていても、保有を続けたほうがよい場合があります。判断の材料になるのは、次のような点です。
- 空室が一時的で、募集をかければ埋まる ── 立地の需要が落ちていないなら、賃料設定や募集条件の見直しで戻ることがあります。
- 修繕で回復が見込め、その費用を現金で出せる ── 原状回復や設備更新で競争力が戻る水準かどうか。
- 相続税の申告期限まで保有継続が必要 ── 小規模宅地等の特例を使う場合、申告期限まで保有と貸付事業の継続が要件になります。貸家建付地に小規模宅地等の特例は使えるか|200㎡・50%の条件で整理しています。
- 所有期間が5年以下で、もうすぐ超える ── 譲渡所得の課税は所有期間で区分が変わります。時期の調整が効く場合があります。
売却を検討したほうがよい場合
一方で、次のような状態であれば、保有を続けることが負担になっている可能性があります。
- 空室が慢性化し、募集しても動きがない ── 賃料を下げても埋まらない場合、需要そのものが細っていることがあります。
- 近く大きな修繕が必要で、現金で賄えない ── 外壁、屋上防水、給排水。借入で対応するか、売って清算するかの判断になります。
- 共有で、意思決定ができない ── 修繕も賃料変更も決まらないまま時間が過ぎている状態です。
- 遠方に住んでいて、実態を把握できない ── 遠方オーナーが福岡のアパートを売る流れと注意点【2026】もあわせてご覧ください。
なお「空室が多いから売れない」とは限りません。買主が投資家であれば、空室は埋める余地として評価されることもあります。ただし価格は現況の収益をもとに見られますので、満室時の想定で考えないことが大切です。
福岡市の物件で、空室の見え方が変わる点
同じ「空室が増えた」でも、その意味は物件の立地と間取りで変わります。福岡市内でご相談を受けるとき、私が最初に分けて見ているのは次の三点です。
ひとつは、単身向けか家族向けかです。単身向けの1Kは入退去の周期が短く、退去のたびに一時的な空室が出ます。この場合、募集の記録さえ残っていれば一時的な空室として説明できる余地があります。一方、家族向けで長期入居が前提だった部屋が空いたまま動かない場合は、需要そのものを見直す必要があります。
ふたつめは、駅からの距離と築年数の組み合わせです。駅に近ければ築年が経っていても募集はかかりますが、駅から離れていて築年も進んでいる物件は、賃料を下げても反応が鈍くなります。下げ続けても埋まらない場合、収支が戻る見込みは薄いと考えたほうが現実的です。
みっつめは、周辺で新築の供給が続いているかどうかです。近くに新しい賃貸が建つと、設備の差で選ばれにくくなります。この場合、原状回復ではなく設備更新の水準まで踏み込まないと戻らないことがあり、費用が大きくなります。
この三点のうち二つ以上が当てはまるなら、修繕して持ち続ける前提ではなく、売却も含めて数字を出しておくことをおすすめしています。
比べ方は、四つの数字を一枚に並べる
判断を感覚で行わないために、次の四つを同じ紙に並べます。
| 数字 | 求め方 | 注意点 |
|---|---|---|
| ① 年間の手残り | 年間家賃収入 -(固定資産税・都市計画税+管理費+修繕費+保険+借入返済) | 空室を反映した実際の収入で計算する |
| ② 今後5年の修繕見込み | 外壁・屋上防水・給排水・設備更新の見積り | 先送りしている分も入れる |
| ③ 相続時の評価額 | 貸家建付地の評価+建物の評価 | 賃貸割合が下がると評価は上がる |
| ④ 売った場合の手取り | 売却価格 -(仲介手数料等の譲渡費用+譲渡所得税等) | 取得費が不明な場合の扱いに注意 |
④の譲渡所得については、譲渡した年の1月1日現在の所有期間が5年を超えるかどうかで計算が変わります。課税長期譲渡所得金額は、譲渡価額から取得費と譲渡費用、特別控除額を差し引いて求めます。建物の取得費は所有期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算する点、取得費が分からない場合や譲渡価額の5%より少ない場合の扱いがある点も、あわせて確認してください。
①の家賃収入は不動産所得として課税されます。総収入金額には賃貸料収入のほか、名義書換料・承諾料・更新料、敷金や保証金のうち返還を要しないもの、共益費名目で受け取る電気代や水道代なども含まれます。手残りを見るときは、税引後で比べてください。
価格の目安は、公的な資料で確かめる
売却を選択肢に入れるなら、まず土地の価格水準を自分で把握しておくことをおすすめします。不動産情報ライブラリでは、地価公示や都道府県地価調査の価格を地図上で確認できます。
ここで得られるのは土地の価格水準であって、収益物件の売買価格そのものではありません。一棟物件の価格は、現況の賃料収入、稼働率、築年数、構造、そして買主が使える融資の条件で決まります。ただし、土地値の水準を知っておくと、提示された価格が土地としての価値を下回っていないかという最低限の確認ができます。
査定を取る前に手元を整理しておくと話が早く進みます。固定資産税通知書から始めるアパート売却の準備にまとめています。
迷っている段階での進め方
結論を出す前に、順番として次のようにお伝えしています。
はじめに、空室の記録を整えます。いつ退去し、いつから募集し、その間どう扱っていたか。これは相続税評価の判断材料になるだけでなく、売却時に買主へ説明する材料にもなります。
次に、①から④の数字を出します。この段階では売る決断をする必要はありません。数字が出て初めて、保有と売却のどちらが自分の状況に合うかが見えます。
そのうえで、ご家族と共有します。相続した物件は、ご自身だけの判断で進めると後から揉めることがあります。相続した収益物件の売却を家族に説明する伝え方で、伝え方を整理しています。
焦って売ることだけは避けてください。相続不動産を焦って売る前に|手残りで後悔しない考え方にも書いたとおり、時期の選び方だけで手残りが変わることがあります。
ご自身の物件だと、いま売っていくら残るのか
空室の状況を含めた現況で査定し、譲渡費用と税を差し引いた手取りの目安までお出しします。売却をお決めになっていない段階でも構いません。ご相談は無料で、しつこい営業はいたしません。
よくあるご質問
- 国税庁 No.4614 貸家建付地の評価
- 国税庁 No.3208 長期譲渡所得の税額の計算
- 国税庁 No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)
- 国土交通省 不動産情報ライブラリ(地価公示・都道府県地価調査)
- 財産評価基準書(借家権割合)
本記事は2026年9月5日時点の一般的な説明であり、個別の判断を行うものではありません。相続税評価と譲渡所得の取扱いについては、税理士へご確認ください。
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