法人保有の一棟アパートを売る前に見るべき税と数字
- 法人が不動産を売った利益は、個人のような分離課税ではなく、その事業年度の他の損益と合算して法人税等が計算されます。ここが個人との最大の違いです。
- 個人にある「長期・短期」の区分が法人にはありません。所有期間が5年以下でも税率が跳ね上がる仕組みは、法人にはない考え方です。
- 売却益を、同じ事業年度の赤字や繰越欠損金と相殺できる可能性があります。売却時期を事業年度で考える意味があります。
- 2026年4月1日以後に開始する事業年度から防衛特別法人税が適用されます。基準法人税額から年500万円を控除した後の額に4%で、中小規模では対象とならない場合もあります。
法人で保有している一棟アパートを売るとき、税金の考え方は個人とかなり違います。個人の売却では所有期間で税率が約2倍変わりますが、法人にはその区分がありません。一方で、他の損益と合算されるという法人特有の性質があり、売却の時期を事業年度で考える必要が出てきます。本記事では、法人で保有している物件を売る前に押さえておきたい税と数字を整理します。なお本記事は2026年8月4日時点の制度に基づく一般的な説明であり、個別の税額計算・適用可否は税理士にご確認ください。
個人との最大の違いは「合算されること」
個人が土地・建物を売った場合、その譲渡所得は給与などとは切り離して課税されます(分離課税)。税率は所有期間で決まり、長期20.315%・短期39.63%です(国税庁 No.3208)。個人側の詳細は一棟アパート売却の譲渡税で解説しています。
これに対し、法人には売却益だけを切り出して課税する仕組みがありません。物件を売って生じた利益は、その事業年度の家賃収入や経費、他の物件の損益とすべて合算され、最終的な所得に対して法人税等が計算されます。つまり、同じ年度に大きな修繕費を計上していたり、他の事業が赤字だったりすれば、売却益はその分だけ圧縮されます。
この違いは、売却を検討するときの発想そのものを変えます。個人の場合は「所有期間が5年を超えているか」という一点が税負担を大きく左右するため、そこを起点に売り時を考えることになります。一方、法人では所有期間そのものは税率に影響せず、代わりに「この売却益が、どの事業年度の、どんな損益と一緒に計算されるか」が判断の軸になります。同じ物件・同じ価格でも、売る年度が違えば法人全体の税負担は変わり得るということです。
| 項目 | 個人 | 法人 |
|---|---|---|
| 課税の方法 | 分離課税(他の所得と分ける) | 他の損益と合算 |
| 所有期間による区分 | 長期・短期で税率が変わる | 区分なし |
| 赤字との相殺 | 原則できない | 同一年度・繰越欠損金と相殺できる場合がある |
| 税率の考え方 | 20.315%/39.63% | 所得金額に応じた法人税率+地方税 |
法人税の税率と、2026年からの新しい税
資本金1億円以下などの中小法人(普通法人)の法人税率は、所得のうち年800万円以下の部分が15%、これを超える部分が23.2%です(国税庁 No.5759)。ただし、所得の金額が年10億円を超える事業年度については、年800万円以下の部分の軽減税率が17%となります。
さらに、2026年4月1日以後に開始する事業年度から、防衛特別法人税が適用されます。これは基準法人税額から年500万円の基礎控除を差し引いた後の金額に4%を課すもので、控除額を下回る規模であれば対象とならない場合があります(e-Tax 防衛特別法人税)。売却によって所得が大きく増える年度は、この税の該当有無も確認しておく必要があります。
なお、法人にはこのほかに法人住民税・法人事業税などの地方税がかかります。「法人税率だけ」を見て個人と比較すると実態を見誤るため、負担を比べる際は、地方税まで含めたうえでの試算が必要になります。
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売却益にかかる法人税の考え方(例示)
仕組みを数字で見てみます。以下は考え方を示すための例示で、他の損益をゼロと仮定した単純化した計算です。
| 項目 | 計算 | 金額(例示) |
|---|---|---|
| 売却益(他の損益はゼロと仮定) | — | 1,800万円 |
| 年800万円以下の部分 | 800万円 × 15% | 120万円 |
| 800万円を超える部分 | 1,000万円 × 23.2% | 232万円 |
| 法人税(国税) | — | 352万円 |
| 防衛特別法人税 | (352万円−500万円) は控除内 | 0円 |
この例では基準となる法人税額が352万円で、防衛特別法人税の基礎控除500万円を下回るため、同税の対象にはなりません。ただしこれは国税の一部だけの計算で、実際の負担ではありません。ここに法人住民税・法人事業税が加わり、さらに他の所得や欠損金の状況で結果は変わります。参考までに、同じ1,800万円の利益を個人が得た場合、長期譲渡なら約365.7万円、短期譲渡なら約713.3万円の税額です。
注意:この比較だけで「法人が有利」「個人が有利」と結論づけることはできません。法人には地方税、法人住民税の均等割、社会保険料、決算・申告の費用がかかり、利益を個人へ移す際には役員給与や配当の課税も生じます。所得の水準だけで有利不利が決まる単純な境界線はありません。実際の判断は、法人の状況全体を踏まえて税理士にご相談ください。
売却の時期は「事業年度」で考える
法人ならではの視点が、売却をどの事業年度に入れるかです。売却益は他の損益と合算されるため、同じ年度に何があるかで税負担が変わります。
たとえば、大規模修繕を予定している年度に売却を合わせれば、修繕費として損金に算入できる部分と売却益が相殺され、課税所得を抑えられる可能性があります。また、過去の赤字を繰り越している場合、繰越欠損金と売却益を相殺できることがあります。ただし、繰越欠損金の控除には青色申告書を提出していることや連続して申告していることなどの要件があり、法人の規模によって控除できる限度も異なります(国税庁 No.5762)。
個人の場合、判定日が「売却した年の1月1日」に固定されているため時期の調整は限られますが、法人は決算期との関係で選択の幅があります。売却の話が具体化してきたら、決算期がいつか、その年度に他にどんな損益が見込まれるかを、できるだけ早い段階で顧問税理士と共有しておくと、判断しやすくなります。
決算期と売却時期の関係も含めて、一緒に整理します。
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売却後の資金をどう扱うか
見落とされがちなのが、売却代金は法人に入るのであって、個人の自由になるお金ではないという点です。法人の口座に入った資金を個人が使うには、役員給与、配当、貸付金の返済など、いずれかの形をとる必要があり、それぞれ課税や要件が伴います。
役員給与を損金に算入するには、定期同額給与や事前確定届出給与などの要件を満たす必要があり、金額が不相当に高額でないことも求められます(国税庁 No.5210)。「売却したから役員報酬を増やして引き出す」と単純に考えると、想定どおりに損金にならないことがあります。
そのため、売却の検討段階で「売った資金を何に使うのか」まで決めておくことが大切です。法人内で次の物件に組み換えるのか、借入の返済に充てるのか、個人へ移すのか。目的によって、売却の時期も、その後の手続きも変わります。法人での保有そのものの考え方は不動産投資の法人化と節税もあわせてご覧ください。
法人内で次の物件へ組み換える場合は、売却と購入の時期をどう重ねるかも検討事項になります。同じ事業年度に収めるのか、年度をまたぐのかで、その年度の所得の出方が変わるためです。借入の返済に充てる場合は、繰上返済の手数料や、金融機関との今後の取引方針も確認しておきたいところです。売却は資金を作る手段であり、その資金が次に何を生むかまで含めて設計すると、法人としての判断に一貫性が生まれます。
簿価と売却価格の関係を先に押さえる
法人での売却判断で、個人以上に重要になるのが帳簿価額(簿価)です。法人の会計では、建物は取得時の金額から毎期の減価償却費を差し引いた金額が帳簿に残っています。この簿価と売却価格の差が、その年度の売却損益になります。
長く保有してきた物件ほど、減価償却が進んで簿価は小さくなっています。そのため、「買ったときより安く売る」場合でも、簿価を上回れば売却益が出ることがあります。逆に、取得から間もない物件や、簿価が高いまま残っている物件では、売却価格が簿価を下回って売却損となり、その年度の所得を圧縮する方向に働きます。
この売却損益の見込みが分かると、売却の時期を考える材料になります。売却益が出る見込みなら、修繕や他の費用が計上される年度に合わせる選択肢が出てきますし、売却損が出る見込みなら、他に利益が出ている年度に当てるという考え方もあります。いずれも、まず固定資産台帳で簿価を確認するところから始まります。
売る前に揃えておく数字と資料
法人保有物件の売却では、個人の場合より確認する資料が多くなります。売却の相談を始める前に、次を手元に整理しておくとスムーズです。
まず決算書と申告書の直近数期分。物件ごとの収支、減価償却の状況、繰越欠損金の有無が分かります。次に固定資産台帳。帳簿価額(簿価)が分かれば、売却価格との差である売却損益の見込みが立ちます。さらに借入金の残高と返済予定、レントロールと賃貸借契約書です。レントロールの整え方はレントロール整理術、修繕の記録については修繕履歴が査定額に与える影響で解説しています。
とくに帳簿価額は重要です。売却価格が帳簿価額を上回れば売却益、下回れば売却損となり、その年度の所得に直接影響します。「いくらで売れるか」と同じくらい、「帳簿ではいくらになっているか」を把握しておくことが、法人での売却判断の出発点になります。顧問税理士に依頼すれば、直近の簿価はすぐに確認できます。
よくあるご質問
出典国税庁 No.5759 法人税の税率/e-Tax 防衛特別法人税について/国税庁 No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除/国税庁 No.5210 役員に対する給与/国税庁 No.3208 長期譲渡所得の税額の計算(いずれも2026年8月4日確認)。本記事の金額は考え方を示すための例示で、地方税等を含んだ実際の負担ではありません。個別の税額・適用可否は税理士にご確認ください。
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